読者です 読者をやめる 読者になる 読者になる

学生時代の思い出

私は学生時代、あるサークルに所属していた。

きっかけは、入学して仲良くなった友人がそのサークルに入り、やけに楽しそうにしていたからだ。

私も、入ろうかな。
掃除係でもいいので。。。と、お願いして入部した。

そこにいた人達が個性溢れるメンバーばかりで、楽しくて仕方なかった。

先輩方とも仲良くなり、よく私の家でパーティーをした。

そして、なぜか私は酒豪に思われた。

そんなある日、メンバーは、「鬼ころし」という酒を涼しい顔して、手土産に持ってきたのだ。

鬼ころし?なんだこれは。。。

メンバーは、当然でしょ?的な顔をしている。

ドSである。

そんなドSなメンバーと、何かゲームをした。

負けたら罰ゲーム。

私が負けて、コマネチをしなければならなくなった。

ふざけないで。天下のタケシさんのコマネチなんて、私ができるはずがない。この頃の私にはまだ恥じらいがあった。(いや、今でも一応ある。)


できないです。イヤです。


・・・メンバーはカメラを構えている。

ドSである。

それでも全力で拒否する私に

ほら、どんどんハードル自分で上げてんじゃん。と、急かす。

イヤだーーホントに無理です。



メンバーの視線は冷たい。

耐えきれない。



私は意を決して、うつむいたまま、素早く手を走らせた。

その瞬間、まるで芸能人の記者会見のようなフラッシュが私を包み、時が止まった。

顔を上げると、声にならない笑いでメンバーはスッ転げていた。




私はあれ以上の恥じらいは今のところない。



そして10年たった今でも、この話はメンバー内でひっそりと、残っている。

まだ2日目ですが帰りたい

ただ今、息子が入院中。

とりあえず一通り検査を終えて、異常は見られなかったので一安心。

息子も病院にじっとしているのはストレスらしく、機嫌が悪く、親子共々ぐったりである。

夜間に高熱で痙攣を数回起こして総合病院に駆け込んだが、問診中の医師のイライラが伝わってきた。何度も何度もため息をついている。あれ、このくらいじゃ来ちゃダメだった?夜中にほんとすみません。。。と心の中で思っていたら、医師は言った。

「はぁ。。。(ため息)どうして今来たの?良くないですね。」

キレている。

「いや、何回も痙攣起こしたので不安になって。。。良くない?あの。。。」


医師「1回目で救急車呼んでください!!はぁ~今からMRI 撮って、それから。。。」




ええええええ?!!

いやいや、よく痙攣起こったら時間計って、10分以上起きなければ大丈夫とか言うじゃん。。。

てか、そんなん言われたら不安なるわ。
凹むわ。
落ち着かせるとか皆無ですか。
てか、大丈夫なのか。てか、すみません。

そのまま検査検査で結局異常なくて良かったけど、
息子は不機嫌MAXである。
優しい看護師さんにもガンを飛ばし、医師の質問にはガン無視である。

早く退院したい。(切実)







しかし、入院して本当に看護師さんには良くしてもらい、頭が下がる。
それが仕事だと言われたらそうかもしれないが、激務な中で笑顔で接してもらい、本当にありがたい。
そして、ため息つきながらキレていた医師は、回診の際、息子に「どうかな~?君が住んでるとこ好きなんだよぉ、いいとこだよねぇ」と猫なで声で話かけていた。
別人かと思った。ツンデレか。

じゃなくて、感謝してます(汗)

熱く会議(二人で)

今日はもう一人の従業員と昼食を取りながら、会社の事について話をした。

もう一人の従業員の「聞いてください、昨日。。。」

の話から始まり、いつもの上司のやらかした話を聞いた。

どんな案もことごとくシャットアウトする上司。


お客に対しても気にくわないことがあれば、噛みついて反論。

上司が作るものはすごくいいものだ。

だけど、上司の1つの対応で、2度と注文が来なかったりする。

「うちに頼みたくなけりゃしょーがない」
スタンス。

こちらが何かしようとすれば
「そんなのしても、見る人はいない」

「あそこの店が$#%"#$+(以下、悪口)」



せっかくいいものがあるのに、ライバル店も認める素晴らしさを持っているのに、すごくもったいないともう一人の従業員と話した。

上司を変えようとしても変えられるものではない。
そこで、私たちができることは何だろうかと

色々案を出し合い、自分達のできることから行動していくことにした。

上司から批判くらうかもしれないけど(笑)

やってみないことには分からない。

社長は柔軟なOKスタンスで助かるが、社長は現在現場に来れないのが痛いところ。。。
 
とにかく目の前にあることを一生懸命やることのみだ。

息子の毎日の日課

最近の息子の日課は夕食作り。

保育園へ迎えに行って、帰ってくると、料理の本をパラパラめくり、「今日はこれを作る!」と。

最初キッチンに立つのは気まぐれだったが、最近は毎日だ。
 
でも私の笑顔は若干ひきつる。

なぜなら、夕食時間が遅くなるし、心臓に悪いから。

息子が包丁で野菜を切っているのを見ている時はハラハラするし、フライパンで炒めようものならドキドキする。

でも、基本やりたいと言ったことは、多少なりともやらせてみたい。
「危ない」と言ってやらせないのは、せっかくの息子の可能性を潰してしまいそうだから。

難しいところは手伝いつつ、せっせと作っていたら、最近は包丁使いもうまくなってきた。

ただ、自分が料理するより、3倍は疲れる。。。

そして、目を離した隙に、胡椒をぶちこんで大根の原形が確認できないほどの茶色の物体になっていた時は、笑った。

さすがにそれは食べられないと思ったが、しかし、息子の「食べて」とキラキラした目を見ると、食べざるを得なかった。


そして息子と二人が口にした瞬間、レインボー。


こうして、今日も、学んでいく。

おばぁちゃん、ありがとう

私はいわゆるおばぁちゃんっ子だった。


小さい頃はよくおばぁちゃんの家に行き、田んぼで遊んだり、卵焼き作ったり、手伝いしたり。

怒られた記憶はあまりない。

優しいおばぁちゃんだった。

大人になるにつれ、少しずつ足は遠のいていったが、それでも時々顔を覗かせては、おばぁちゃんの顔を見て安心した。


ところが数年前認知症になり、私のこともだんだん分からなくなってしまった。

それでもニコニコするおばぁちゃん。

認知症になっても穏やかなままのおばぁちゃんだった。

でも、やっぱり淋しくて。

名前も顔も忘れられた事が受け入れられず、悲しかった。
仕方ないことだと分かっていても。

1カ月前、おばぁちゃんは体調を崩し、救急車で病院へ運ばれた。


危篤状態から回復し、お見舞いに行った。

「大丈夫?痛いとこない?」

話しかけるとニコニコする。
 
おばぁちゃんのニコニコ笑顔はやっぱり安心した。

それから何度も病院へ足を運んだ。



無理だと分かっていても、ついつい聞いてしまった。

自分を指して「おばぁちゃん、誰だか分かる?」と。

その言葉におばぁちゃんは、返事をした。

私の名前を呼んでくれた。

2度も呼んでくれた。

嬉しくて嬉しくて、子供と一緒に「今、言ってくれたよね?ね?」とはしゃいでいた。


それがおばぁちゃんに会った最後だった。




まだおばぁちゃんがいなくなったのは受け入れられないけど、おばぁちゃんから学んだことが沢山ある。

本当にありがとう。


おばぁちゃんの孫で、良かった。

1つのことを極めている人

仕事の研修があった。

ある専門職の研修だが、作るもの作るものが感動する。

発想力。

どこから湧き出てくるのだろうか。

惚れ惚れしてしまう。

勿論努力もあるのだろうが、その人の持っているセンスはなかなか変えられるものでもない。


もうね、作り上げられたものを見てニヤニヤが止まらなかった。←怪しい。笑

自分の活かし方。

正しい方を向いて、正しく努力する。


…若干自分を見失いかけている今の私に、誰か喝を(汗)

成長

先日、親子遠足があった。
お昼御飯を食べた後、同じクラスの子達がいるところに息子は駆けて行き、「一緒に遊ぼう」と言った。

しかしAちゃんは
「○くん(息子)はダメ!」と息子を押しのけた。

親心としてはモヤモヤ。

息子は淋しい顔をするのではないか。。。どうしようかと考えていると

予想に反して、息子

「なんでダメなの?!いいじゃん!」

と反撃。

その光景を見て、ほほぅ~と思った。

息子なりにきちんと言葉で伝えられていることに少し感動したのだ。

なかなか言葉にすることが苦手だった息子。(私もだが。笑)
「言わないと伝わらないよ」
と、よく言っていたが、少しずつ自分の気持ちを言葉で表現できて、息子なりに成長していってるんだなと感じた。

世の中色んな事があって、色んな人がいる。
生きていたら本当に数えきれないほどの困難がある。
それを自分で乗り越える力を息子にはつけてもらいたい。

息子が将来一人で歩んでいくために、私に今できることは何なのか、よく考える。




















…でも結局、な~んもできないんだけど。


見守るだけしか。


でも、それでいい。と思ったりもする。