感動する心

車を運転していた際、ふと歩道にいた電動車イスに乗ったご老人に目がいった。

そのおじぃちゃんは、電動車イスを停め、海の方にカメラを向けていた。
すごく嬉しそうに。

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その日はとてもいい天気で、海がキラキラと光っていた。

おじぃちゃんの姿を見て、素敵だなぁと思った。
いくつになっても「美しい」と感動する心を持てるって、すごく素敵。



私も忘れないでいたいなぁ


























おじぃちゃんが実は自撮りだったとかいうオチではないことを願いつつ。。。

ふと思い出した母は兄の方が可愛いと思う件

私には兄がいる。

昔、兄が帰ってきていた時、父が言った。


「今から屋根のアンテナを直すんだ。誰か一緒に登って手伝ってくれないか」


すかさず兄が言った。


「あぁ、俺やろうか。」  


すかさず母が言った。


「だめよ!屋根から落ちて骨折でもしたらどーすんの!」


私が言った。


「あ、じゃぁ私が手伝おうか?」


母は言った。



「あぁ、あんたならいいわ」


えらい温度差で言葉を失った。







*昨日この話を思い出して父が爆笑していた。
今でも兄と私への接し方の温度差を時折感じますが、至って関係は良好です。
多分。

子供の面会について悶々と考える

離婚してから、私のところは子供と父親は面会をしていない。

元夫には離婚する前、息子のことを、今後どういう風に考えてるのかを聞いた。

「まぁ。。。息子が会いたいと言えばそりゃ会おうと思うけど」

そんな感じだった。

その時の元夫の頭の中はきっと息子<女だったと思う。

だが、離婚してしばらくして、元夫からメールがきた。

息子を連れて、一緒に遊びに行かないか?と。

私にはさっぱり理解できなかった。

そして元義父からは、わしらの孫だから会わせるのが当然のような電話。

そんな事があった際はストレスで禿げそうだったが、とりあえず私の頭皮は持ちこたえた。


私はいつか子供が会いたいと言えば会わせようと思う。


だけど、怖いのだ。

離婚前の人が変わったような元夫を目の当たりにしたこと、孫への執着。

「マイが死んだら息子は○○(元夫)家に。」

という言葉。

面会をさせた際の殺人事件のニュースを見たとき、悲しさと、他人事とは思えない気持ちになった。

何が正しいのか間違ってるのかなんてないのかもしれない。

とにかくただただ、子供には健やかに元気に育ってほしい。

双方の親の気持ちが子供に対して同じ方向に向けばいいのだけど、そうじゃない場合もある。

どうやったら子供を守れるか、どうしたら、子供のために一番なのか、父の日が近づくにつれて、いつも悶々と考えてしまう。

熱く会議(二人で)

今日はもう一人の従業員と昼食を取りながら、会社の事について話をした。

もう一人の従業員の「聞いてください、昨日。。。」

の話から始まり、いつもの上司のやらかした話を聞いた。

どんな案もことごとくシャットアウトする上司。


お客に対しても気にくわないことがあれば、噛みついて反論。

上司が作るものはすごくいいものだ。

だけど、上司の1つの対応で、2度と注文が来なかったりする。

「うちに頼みたくなけりゃしょーがない」
スタンス。

こちらが何かしようとすれば
「そんなのしても、見る人はいない」

「あそこの店が$#%"#$+(以下、悪口)」



せっかくいいものがあるのに、ライバル店も認める素晴らしさを持っているのに、すごくもったいないともう一人の従業員と話した。

上司を変えようとしても変えられるものではない。
そこで、私たちができることは何だろうかと

色々案を出し合い、自分達のできることから行動していくことにした。

上司から批判くらうかもしれないけど(笑)

やってみないことには分からない。

社長は柔軟なOKスタンスで助かるが、社長は現在現場に来れないのが痛いところ。。。
 
とにかく目の前にあることを一生懸命やることのみだ。

息子の毎日の日課

最近の息子の日課は夕食作り。

保育園へ迎えに行って、帰ってくると、料理の本をパラパラめくり、「今日はこれを作る!」と。

最初キッチンに立つのは気まぐれだったが、最近は毎日だ。
 
でも私の笑顔は若干ひきつる。

なぜなら、夕食時間が遅くなるし、心臓に悪いから。

息子が包丁で野菜を切っているのを見ている時はハラハラするし、フライパンで炒めようものならドキドキする。

でも、基本やりたいと言ったことは、多少なりともやらせてみたい。
「危ない」と言ってやらせないのは、せっかくの息子の可能性を潰してしまいそうだから。

難しいところは手伝いつつ、せっせと作っていたら、最近は包丁使いもうまくなってきた。

ただ、自分が料理するより、3倍は疲れる。。。

そして、目を離した隙に、胡椒をぶちこんで大根の原形が確認できないほどの茶色の物体になっていた時は、笑った。

さすがにそれは食べられないと思ったが、しかし、息子の「食べて」とキラキラした目を見ると、食べざるを得なかった。


そして息子と二人が口にした瞬間、レインボー。


こうして、今日も、学んでいく。

おばぁちゃん、ありがとう

私はいわゆるおばぁちゃんっ子だった。


小さい頃はよくおばぁちゃんの家に行き、田んぼで遊んだり、卵焼き作ったり、手伝いしたり。

怒られた記憶はあまりない。

優しいおばぁちゃんだった。

大人になるにつれ、少しずつ足は遠のいていったが、それでも時々顔を覗かせては、おばぁちゃんの顔を見て安心した。


ところが数年前認知症になり、私のこともだんだん分からなくなってしまった。

それでもニコニコするおばぁちゃん。

認知症になっても穏やかなままのおばぁちゃんだった。

でも、やっぱり淋しくて。

名前も顔も忘れられた事が受け入れられず、悲しかった。
仕方ないことだと分かっていても。

1カ月前、おばぁちゃんは体調を崩し、救急車で病院へ運ばれた。


危篤状態から回復し、お見舞いに行った。

「大丈夫?痛いとこない?」

話しかけるとニコニコする。
 
おばぁちゃんのニコニコ笑顔はやっぱり安心した。

それから何度も病院へ足を運んだ。



無理だと分かっていても、ついつい聞いてしまった。

自分を指して「おばぁちゃん、誰だか分かる?」と。

その言葉におばぁちゃんは、返事をした。

私の名前を呼んでくれた。

2度も呼んでくれた。

嬉しくて嬉しくて、子供と一緒に「今、言ってくれたよね?ね?」とはしゃいでいた。


それがおばぁちゃんに会った最後だった。




まだおばぁちゃんがいなくなったのは受け入れられないけど、おばぁちゃんから学んだことが沢山ある。

本当にありがとう。


おばぁちゃんの孫で、良かった。

1つのことを極めている人

仕事の研修があった。

ある専門職の研修だが、作るもの作るものが感動する。

発想力。

どこから湧き出てくるのだろうか。

惚れ惚れしてしまう。

勿論努力もあるのだろうが、その人の持っているセンスはなかなか変えられるものでもない。


もうね、作り上げられたものを見てニヤニヤが止まらなかった。←怪しい。笑

自分の活かし方。

正しい方を向いて、正しく努力する。


…若干自分を見失いかけている今の私に、誰か喝を(汗)